数々の映画やドラマに出演し、その唯一無二の存在感で、女性人気も高い二階堂ふみさん。
話題のドラマTBS系「日曜劇場 VIVANT」にも出演されていて、より一層注目度が高まっています。
女優だけでなく、写真家としての一面も持っており、ミステリアスなイメージがありますよね。
その理由は「人と違う」ということを、子供の頃からずっと向き合ってきたからこそ辿り着いた考え方にありました。
それには二階堂ふみさんのルーツが関係していたので、詳しく調べてみました。
とらわれず生きることを意識する、二階堂ふみさんの『可能性を広げる名言』を紹介いたします。
「人は無意識に差別をしている」そのことに向き合い続ける二階堂ふみさんの生き方をご覧ください!
二階堂ふみの名言
二階堂ふみさんのインタビュー記事をいくつか読んでみると、『差別』という言葉がよく登場します。
その中から、私が心を打たれた言葉がこちらです。
【二階堂ふみの名言】
自分と違う意見や差別などに直面したときの対応は一概にコレという答えがあるわけではないから難しいけれど、少なくとも自分が加害者にならないことを意識しています。
【引用】https://classy-online.jp/lifestyle/229842/
「人種差別を無くしていこう」という簡単な言葉ではなく、それはまるで差別をしてしまうことに怯えているようにも感じるこの言葉。
どうしてこれ程までに、差別を意識して生きているのか。
その理由は、二階堂ふみさんのルーツにありました。
二階堂ふみのルーツ
二階堂ふみさんは、沖縄県那覇市の出身。
東京都出身で料理人の父親と、沖縄出身の母親との間に生まれました。
父親が東京出身で、『二階堂』という名字だったこともあり、二階堂ふみさんも沖縄で生まれ育ったにも関わらず、幼い頃は同級生たちに「ナイチャー」と呼ばれていたそうです。
ナイチャーとは、沖縄の言葉で『県外の人』という意味なんだそう。
また、沖縄出身の母親は、沖縄の方言を話す人じゃなかったんだとか。
そんな環境で育った二階堂ふみさんは、同級生たちの言葉も分からなかったと言っています。
そんな日々を、当時はこのように感じていたそうです。
小さい頃は沖縄の人になれない劣等感みたいなものを感じたこともありました。
https://www.elle.com/jp/fashion/fashion-column/a38822854/focus-on-vol15/
沖縄で生まれ育ったのに劣等感を感じていたなんて、すごく傷ついていたのが伝わります。
同じ沖縄で生まれた同級生たちに差別を受けながら過ごした幼少期以外にも、二階堂ふみさんが『差別』を意識する理由がありました。
それは、両親と母方の祖父母を含めた家族に大きな影響を受けていたのです。
母方の祖父は沖縄県の与那国出身、祖母は糸満市出身。
この与那国と糸満は、戦時中に地上戦が一番激しかった地域だったそうなんです。
それを生き延びた祖父母は、戦争の過酷さを知っていました。
一方で、母親は小さい頃から沖縄基地が身近にあることから、外国の文化に触れ、憧れを感じていた人だったそうです。
さらに、父親は東京出身で外国にも行ったことがないと、家族の考え方はバラバラでした。
そのような特殊な環境で育った二階堂ふみさんは、沖縄に対して複雑な想いがあると言います。
特に、米軍基地に関して、両親の意見はバラバラでした。
人によって意見が違うことを身近に感じてきた二階堂ふみさんは、米軍基地のことをこのように考えています。
沖縄の海をこれ以上汚してほしくないと思うけど、基地のなかの人たちを悪者にしたくもない。
https://www.elle.com/jp/fashion/fashion-column/a38822854/focus-on-vol15/
1つのことを様々な視点から見れるからこそ抱く感情なのが伝わります。
そんな考え方の違うご両親は、二階堂ふみさんが11歳のときに離婚されてしまったそうです。
当時を振り振り返ると、両親の離婚は、精神的なダメージが大きかったと語っていました。
離婚後は、母親に引き取られ、ふたり暮らしを始めた当初はお金もなく、家にお風呂がついていなかったそうです。
それでもお母様は、父親がいないことで他の事と差ができないよう、二階堂ふみさんをバイオリンや英会話、琉球空手など、多くの習い事に通わせていたんだそう。
そんな母親の背中を見て育った二階堂ふみさんは、お母様のことが大好きなんだそうですよ。
芸能界にスカウトされたときも、お母様が背中を押してくれたそうです。
どんなことがあってもブレずに突き進んでこれたのは、お母様のおかげだったんですね。
同級生から受けた差別や、家族の考え方など、そういったルーツを持っている自分だからこそ、何か伝えられることがあるのではないかと感じている二階堂ふみさん。
その伝えたいこととは、いったい何なのでしょうか?
みんなそれぞれ違うのが当たり前
二階堂ふみさんは、2020年末に司会を務めた「NHK紅白歌合戦」で、あるメッセージが刻まれた指輪を付けていました。
それは【Anti-racism(アンチレイシズム)】です。
アンチレイシズムは、反人種差別という意味で、人種・民族・文化・ジェンダー・セクシャリティなどの違いを平等にするという想いが込められています。
二階堂ふみさんは、アンチレイシズムと刻まれた指輪を付けて司会を務めた理由を、このように語っています。
「女性だからとか男性だからとか、男性なのに女性なのにじゃなくて、みんなそれぞれが違うっていうのが当たり前になるといいなっていうふうに、はい」
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/07/13/kiji/20210713s00041000403000c.html
二階堂ふみさんのルーツを知ると、説得力あって心に刻まれます。
身体的な性別は、自分で選んだものではなく、持って生まれたもので、それによって「女性だから」「男性だから」と、不条理なことを言われることもあるという二階堂ふみさん。
もし、そんな出来事に出くわしても、相手の土俵に立たず、むしろもっと上から俯瞰(ふかん)で捉えていきたいと言っていました。
そんな冷静さを持ち合わせていると同時に、常にある恐怖を感じているんだとか。
自分は絶対に差別しないとか、加害者にならないという考えが怖い。
https://classy-online.jp/lifestyle/229842/
人は、環境やメンタル状態、心の余裕によって、考え方や人に対する態度が大きく変わるそうです。
なので、常にその危うさを自覚し、感情の手綱(たづな)を自分で持って、人とどう向き合うのかを考えていると語っていました。
確かに、疲れているときは子供や夫にイライラしやすいかも…。
以前、海外の作品に参加したときに、言葉も文化も異なる環境で、まずはお互いを認めるところから始まったのが印象的だったそうです。
そんな経験も、アンチレイシズムを強く掲げるきっかけになったのかもしれませんね。
物事を様々な視点から冷静に見られる二階堂ふみさんだからこそ、それぞれの痛みを知り、相手に寄り添うことが出来るのだと感じました。
生理ちゃん
二階堂ふみさんが主演を務めた2019年公開の映画『生理ちゃん』。
この映画のテーマを問われた二階堂ふみさんの答えが素敵だったので、おまけで紹介させて頂きます。
自分以外の誰かのつらさや痛みを、自分のもの差しで図らないでいたい
【引用】https://moviewalker.jp/news/article/211607/
「みんなそれぞれ違うのが当たり前」だと言う二階堂ふみさんの想いが詰まった作品なのが伝わってくる言葉ですよね。
映画『生理ちゃん』は、女性の生理を擬人化した人気漫画を実写化した作品です。
毎月訪れる生理と向き合いながら生きる女性たちの何気ない日常を描いています。
生理は女性だけにやってくるもので、男性にはそれがどういうものか分かりません。
そして、女性同士も自分以外の生理の重さは分からないのです。
それは、持病を持っている人の辛さや、家庭の事情で寂しさを感じている人の気持ちが分からないのと一緒ではないでしょうか?
二階堂ふみさんの言葉で、「自分は平気だから」「あの人は出来ているから」と自分のもの差しで測っていると、相手だけでなく自分自身も追い詰めてしまうことに気付かされました。
私も見た目では分からない病気を抱えていて、特に疲れやすいという症状は、サボっているように見られてしまうこともあります。
「目に見えない辛さがあるかもしれない」そんな想像力と思いやりを持つことが大切だと思うのです。
まとめ
以上、二階堂ふみさんの名言を紹介させていただきました。
ドラマの印象では、ミステリアスでどこか冷たいイメージがありましたが、今回、色々と調べていくと、二階堂ふみさんは「大きな愛で溢れている人」なんだな〜と感じました。
相手の気持ちに寄り添えて、態度や言葉を選ぶことができるって、とても凄いことだと思います。
二階堂ふみさんにとってそれは、幼いころから自然と身についたものだからこそ、大人になってもできることなんでしょうね。
これからも二階堂ふみさんが想像する、アンチレイシズムのあたたかい世界が実現するように、私も微力ながら考えていきたいと思います。
1人1人が変われば、世界が変わりますよね!
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